特異な発想はどこから?
インプット&アウトプット

藤本:『無限の住人』の最後に凜が「あ、万次さんだ」って言うシーンがあるじゃないですか。あそこで、作者は惜しんでいるんじゃないかと思っちゃって。凜が作者なんじゃないかと。“万次に着いていっちゃいけない”っていう気持ちが見えるというか…。そのシーンとかで思ったんですけど、沙村先生は結構、自分の周囲の関係性を漫画にするのかなと思って。『シスタージェネレーター』の中の『シズルキネマ』っていう短編がすごく好きなんですけど、僕は作家と編集の話だと思ったんですね。あれを見て、沙村先生は身近なところから、身近というか自分のことを漫画にするのかなと。

沙村:意外にそういうのはないんですよね。自分とか自分の周りのモデルを描くのは、どっちかというと恥ずかしがるほうですね。あれはあの短編がそういう感じだったので…。『シズルキネマ』は当時、とある編集部に作家さんが作品を持って行った時に、「うちはこういう風にしてくれないと使わないよ」とか「今こういうの売れているからこういう風にしてくれないとダメだよ」みたいなことを言われて、仕方なく類型的なものにするみたいな…、作家性が相当ないがしろにされて普通のありがちな方向へ向かわされる、と。「最近の若いやつはこういう作品ばっかりだな」って言うんじゃなくて、元々編集のほうがそんなやつばっかにしている、っていうのを聞いたんですよね。

藤本:そうだったんですか!僕、普通に沙村先生の話かと思って。そっか。

沙村:俺は『無限の住人』とか相当好き勝手させてもらったので(笑)。

藤本:沙村先生はそういうことを言われたうえで好き勝手してんのかなと思っていました(笑)。そっか、面白いですね。僕は読み切りを描く時は大体怒りで…。例えば、今ネット上で怒っている人が多いじゃないですか。そういう人たちって、Twitterとかで発散できていると思うんですけど、僕は自分の怒りなどをTwitterとかに書く気が知れなくて。漫画にぶつけているんですね。

沙村:怒りや憤りは大事ですよね。俺は編集に好き勝手させてもらったのもあって、作家になってから何かに怒ることもなくなったというか(笑)。社会に対する怒りっていうのも、あまり怒りが持続しないタイプで、「こうじゃなきゃいかん」とか「これは…」とか思うことがあっても、一晩経つと俺のほうが間違ってんじゃないかって思えてくるんですよね(笑)。

藤本:僕も一晩経つと「俺に学がないのがダメなんだな」ってなるんですけど、一晩明ける前にネームを描いちゃうんです。僕、ネームをすぐ描くんですね。すぐ描いて読み直さないで、担当さんに送って見てもらうんです。

担当:一時期毎日送ってきてました(笑)。

藤本:怒りが冷めないうちに送るので、送った次の日とかには「あれ結局どうなんだろうな」とか思うことがあるんですけど…。学がないなりに、怒ったり思ったりすることをテーマにしてぶつけてました。

沙村:若者の怒りは大事ですよね。

藤本:漫画の発想はどこからインプットするんですか?ゴミ箱から拾った雑誌からだったという話もうかがったんですが…僕も拾ったほうがいいのかなって、そういう心意気が必要なんじゃと。

沙村:(笑)。俺はデジタル環境が整っていなくて。常に世間から数年遅れるんですよ。インターネット全盛期だった頃にガラケーすら持っていなかったんですね。世間が何を思っているか知らなかったんです。毎月講談社に泊まりがけでネームをきりに行っている時があって、その時『週刊現代』がゴミ箱に捨ててあって、それを毎月拾っていたんです。『週刊現代』が、俺と世間をつないでいる時期があったんですね(笑)。ちょうど俺がデビューした1993年が国際先住民年で。「先住民について慮ろう」という…。日本で言うアイヌですね。関連する本が沢山出ていて、よく記事にも取り上げられていたんです。大学の時からアイヌが好きだったので、その記事を切り抜いていまして。読み返すと、記事の裏に全く関係ない記事が載っていたりするんです。そこに漫画でも描いた、ほうれん草と豚の遺伝子を組み合わせた「ホウレンソウ豚」を見つけて。なぜ試みたんだ?と気になったんですね(笑)。太田出版で女子高生を取り上げた作品を描く時に何かネタは無いかなと思って、この「ホウレンソウ豚」を使いました。

藤本:いいな、僕もそういうふうになりたいです。インターネットって調べたいものしか調べられないじゃないですか。ホラーが好きなのでホラーに関することをつい調べてしまうんですけど、全然必要ないんですよ。横道に逸れないと広がっていかないじゃないですか。

沙村:今で言う“まとめサイト”を見ると、いろんな記事の見出しがバーッと出てきたりするじゃないですか。自発的に探しに行っているネタ以外の見出しも出てきますから、できないことないんじゃないですかね。

藤本:興味がないことも流れてくるのでラジオを聴いているんですが、「最近この言葉みんなよく言っているな」と思ってアンテナを張っておこうとするんです。だけど漫画を描いてると何にも聞こえてこなくて。でもお話し聞いて、僕もそうあるべきだなと思いました。

沙村:今描いている漫画に本当に関係ないことだとスルーしちゃいますよね。それでも雑多に情報を得られるようでしたら得たほうがいいんですけど…。自分が将来描くかもしれないなって思うようなことっていうのは、仕事中でもしっかり聞いてたりするんですよ。素通りしているようでも、覚えている時は覚えていますしね。

藤本先生が描いた後に沙村先生がアグニを描画。ラフより首の切断部に勢いをつけている。ピグマのミリペンと筆ペン、白のボールペン使用のもと作画。