――加藤先生と山岸先生の初対面時の思い出をお聞かせ下さい。

山岸 『青の祓魔師』(以下『青エク』)「京都不浄王編」終盤の最終決戦からアシスタントに入らせて頂きました。勉強のためにアシスタントに入りたくて担当の林さんに相談したところ、「希望する先生はいますか?」と聞かれて、恐る恐る『青エク』の加藤先生を…と。

加藤 かなり前なので私の記憶が怪しいのですが(笑)、その頃って最初に何を描いてもらいましたっけ?

山岸 一番最初は燐の降魔剣を描かせて頂きましたね。

加藤 ああ、そうでした!私の場合、アシスタントさんがどれだけ描ける方なのか知るために、最初に剣を描いてもらうんです。剣って人物との対比や角度が意外と難しく、上手い人でも手こずるんですよ。しかも降魔剣という普通とちょっと違ったデザインですし。それをどれくらいのスピードとクオリティで描くことができるのか、実力が分かりやすいんですよね。

意外と難しいとされる「剣」。作画のレベル確認に最適とのこと。

山岸 実は加藤先生の前に、遠藤達哉先生のところで『月華美刃』のアシスタントをしたことがあります。そこでも一番最初に剣を描いていたので「なるほど、漫画家は剣で実力を判定しているんだ」と思っていました(笑)。小さなコマでしたが、緊張のあまり手汗びしょびしょで描いた記憶があります。

加藤 山岸さんは最初から上手かったイメージがありますね。「すごい目がいい人だなあ」と感じていました。あとは初対面から人となりが良くて「社会性の高い人が来てくれた!これで仕事場のコミュニケーションも円滑になるぞ」と、勝手に喜んでいました(笑)。

山岸 加藤先生の仕事場って、とてもフランクな空気でしたよね。あんなすごい作品を描く先生だからと、緊張でブルブルしながら入ったのですが…「どうもどうもー、宜しくお願いしますねー」と、初対面から気さくに接して下さって。

加藤 『青エク』の画面はアシスタントさんにおんぶにだっこな部分が大きくて、皆さんの技術で成り立っているところがあるんです。だから山岸さんに「師匠」とか言われるような、何かを教えたことは一つもないです。描いてもらう絵も大まかなラフ程度でお願いして、上がった下描きを調整してもらうとか。山岸さんは意図を汲むのが上手で、しかも大抵のものは描けるので「あ、この人には何でもお願いできる!」と、早い段階から背景にかかってもらいましたね。

――加藤先生の仕事場では最初に剣を描き、慣れたら背景に移るのですか?

加藤 いえ、剣で様子を見たら、次は集中線を担当してもらいます。集中線で綺麗な線を引けるようになったら他の作業もお願いしますね。ただ、うちのアシスタントさんたちは皆、無茶苦茶上手い線を引くので、そこに並ぶのがまず大変かも知れません。線が上手になったら背景を手伝ってもらったり、少しずつ描くものを増やしてもらうんです。山岸さんは最初から上手かったから、剣も集中線もそんなに長いことはお願いしていなかったと思います。

――山岸先生がアシスタントをされていた時、特に印象に残っている絵はありますか?

山岸 イルミナティの巨大空中母艦(「境界の主(ドミナスリミニス)」)にすごく苦労してしまい、「ああっ!すみません!!」という思い出があります。私の力不足で滅茶苦茶時間がかかったうえ、加藤先生にもアイデアから相談させて頂いて。

様々な施設を内包した戦艦。作品オリジナルだけにデザインを新たに起こす必要が。

加藤 空中母艦は最初にちゃんとデザインできなくて、徐々に固めていったのですが、改めて大きく見せるシーンを山岸さんにお願いしました。うちにはメカが得意なアシスタントさんがおらず、苦手だと分かりつつもお願いするしかなくて…。1週間くらいかかりっきりで頑張って頂きましたね。こんな風に、うちは上手いアシスタントさんに支えられています。

山岸 加藤先生が意図するものを…と意気込んだあまり、大苦戦してしまい。それ以外は加藤先生がラフで明快に指定して下さるので、「どう描いていいのか分からない」ということはほとんどなかったと思います。

加藤 私のラフが明快なんだ…(笑)。山岸さんはたまたま私のニュアンスを理解してくれますが、正直かなり雑だと思います。説明も苦手なので、伝わらない人には本当に伝わらない。時には「ああ、自分の説明が足りなかったなぁ…」となったりして。そういった意味でも山岸さんにお願いするのは、すごい楽!これは上手い下手とかではなく、相性的なものでしょうね。理詰めで納得しないと描けない人や、明確なイメージで理解したい人、あとパースの取り方にも人によって違いがありますから。山岸さんと私はそれが近くて、たまたま安心して任せられたんですよ。

――山岸先生が加藤先生の仕事場で特に驚いたことは何ですか

山岸 色々な作家さんの仕事場を知っているわけではないのですが、まず驚いたのは「ここまで背景に時間をかけるんだ!」ですね。それこそ見開きの美しい背景とか、1週間とか10日とかかけて丹念に描かれているんです。

加藤 もちろん早く上がるに越したことはないのですが(笑)…無理に急かしてもいい絵にならないし、『青エク』は背景が売りみたいなところもあるので。それも最初の頃、すごい上手いアシスタントさんが正十字学園の見開き背景とか描いてくれて、そこでハードルが上がったせいもあります(笑)。ただ月刊だからできるのであって、週刊ペースでは絶対に無理ですね。

山岸 逆に、ここまで手間暇をかけているから美しい画面ができるんだな、と納得でもありましたね。「そうだよな、あの絵がそんな魔法みたいに簡単に上がったりはしないよな」と(笑)。

――山岸先生が加藤先生のアシスタントを経験して、一番勉強になったことは何ですか?

山岸 勉強というのであれば、毎月『青エク』の原稿を見ているだけで絵が上手くなったと思います。

加藤 本人はそう言っているけれど、山岸さんは元々上手かったですよね。入って1年くらいで読切が決まって、「すごい絵上手いじゃん、これはプロにならないとおかしい画面だな」と感じました。

2013年に発表された山岸先生の読切『スミハナ』(「ジャンプSQ.19」vol.10掲載)。

山岸 あの読切は、加藤先生の職場で覚えたことで描けたんですよ。私は元々、自分の原稿がないと落書きもあまりしないんです。それでアシスタント仕事ばかりしているのに、林さんからは「キャラの絵、上手くなっていますよね」とか言われて(笑)。毎月、加藤先生の原稿を見ているだけで上手くなったのだと思います。

――漫画の絵は、雑誌やコミックスで読むのと原稿で見るのでは違いますか?

山岸 全然違いますね。しかも画面を見ながらバランスを取って背景を入れたり、キャラにベタを塗ったりしている内に、自然とプロの画面の見せ方が分かってくるんですよ。人物にはどれくらい手を入れるべきとか、すごい勉強になりましたね。