SPY×FAMILY
特別対談
幼少時から漫画を描き始めた遠藤先生が、現在の担当編集者である林氏に出会ったのは今から約13年前。タッグを組んで3作目となる連載『SPY×FAMILY』は、いまや、コミック6巻までの累計発行部数が800万部を突破した超人気作品になりました。
今回はそんなミリオンタッグのお二人に話を伺っていきます。
── 遠藤先生の連載デビューは「ジャンプSQ.」でしたが、お二人の最初の出会いはどういう形だったのでしょうか。
遠藤達哉(以下/遠藤)「林さんと出会ったのは『TISTA』(連載デビュー作/2007年〜)が始まる時でした。僕が高校1年の時に初めてジャンプに投稿して、高校2年で初めて電話をくださったのが最初の担当さんだから、林さんはそこから数えて3人目。年下の担当さんは初めてで、最初に会った時はノリの軽い人が来たなと(笑)。『TISTA』がNYを舞台にした作品だったので、いきなりNYCに取材旅行をしたんです。林さんも社会人になりたてだったので、大学生同士の旅行みたいでした。楽しかったですね。」
林士平(以下/林)「遠藤先生が若いから、ということで僕が担当になったんですけど、取材旅行でずっと一緒にいて打ち解けた感じもありましたよね。遠藤さんの行きたい場所に行って、写真を撮って。うちの会社はわりと取材に行かせてくれるほうなので、遠藤さんとは2本目の連載『月華美刃』で熊野古道にも行きました。取材という名目でしたけど、ちょっと疲れていたからリフレッシュも兼ねて(笑)。」
── 『SPY×FAMILY』はお二人のタッグで3作目の連載となるわけですが、立ち上げの時はどんなお話をされましたか?
林「『月華美刃』の後、7年くらいの間にいろいろあったんですよね。読切とか、形にならなかった企画とか。その中でも読切の『I SPY』の評判がよかったので、次の連載はスパイをテーマにした方向がいいんじゃないですかと。」
遠藤「『I SPY』は読切として考えていたから連載にしようっていう考えはなかったんです。でも、ミリタリー好きでスパイものも嫌いじゃないから、じゃあスパイで別の企画を考えようという話になって。林さんは好きなことを描いていいよ、というスタンスでした。」
── その後の打ち合わせで、林さんの意見で漫画の内容が変わっていくようなことは?
林「基本、『これを描いてほしい』とかは全然なかったんです。遠藤さんが考えたものに対して『これいいじゃないですか』っていう感じでしたよね。でも今は少し違います。プロットの手前くらいの、次は何をやりましょうっていう話をカフェでくたびれるまでしていますね。今だったら、次の7巻をどういう内容にしようとか、誰を表紙にしようとか。」
遠藤「それは話し合って決めていますね。設定やプロットが決まってから一番悩むのはネームなんですけど、自分からは相談できないんです。林さんは『何でも相談して』って言ってくれるんですけど、抱え込んじゃうというか、自分で考えなきゃって思ってしまって。」
林「詰まっているなって時に僕がLINEしちゃうんですけどね。タイムリミットまでにネームがあがっていないと『そろそろですよね』と。でも作画で『大丈夫ですか?』となることはほとんどないです。1日か2日、遅れるくらい。あと、描きたいシーンが多すぎて相談することはけっこうありますよね。描けたら面白いけど、時間的に書くのは難しいですよねって」
遠藤「ありますね。」
林「制作期間が2週間だから、30ページを超えると厳しいんですよ。作画に使えるのは6〜7日だから、1日に4ページ描いたとして、20数ページが限界。それでも面白いから載せよう、となれば、番外編をはさんだりして次の回で31ページ載せるなどして調整しています。」
遠藤「ここカットしなきゃってなると、そのために使う脳みそがたくさん必要になるんです。その点「ジャンプ+」のページ数は紙媒体と違って自由なので、かなり助かっています。」
── 他に、これはちょっと苦労した、というエピソードはありますか?
林「以前の連載に比べたら、そこまで追い詰められたことはないですよね?」
遠藤「精神的にはいつも追い詰められていますけど、作品に追い詰められたことはないですね。そのためのコメディというか。すぐに考えすぎるほうなので、コメディだから真面目に突き詰めて考えなくていいやっていう気楽さはあります。ただ元々完璧主義なので、気を抜くとすぐに戻ってしまうところはあります。テニスラケット1つにしても、この時代のテニスラケットのデザインはどうなんだろうとか。リアルなスパイだったらこういう行動はしないだろう、とか。話の流れで気にしなくてもいいような細かいところをずっと考えています。」
林「似た話で面白かったのが、段ボールはいつから使われているんだろう、とか。僕はゆるいタイプなんですけど、遠藤さんが気づいたところは一応調べています。作品内で厳密な年代を設定していないのが逃げどころではありますが、いきなり携帯電話が出てくるのはアウトな世界観なので」
遠藤「そうですね。そういうラインは守ってきていますね。」
── 『SPY×FAMILY』は1話目から大反響で。漫画家さんが面白いものを描いて、編集者さんが売っていくという流れがあると思いますが、宣伝などで工夫されていることは?
林「そうですね…この前までやっていた『アーニャおともだちプロジェクト』っていうLINEスタンプの売り上げを寄付するチャリティー企画があるんですが、僕個人としては、普段漫画を読まない人にも届くから良かったなと思います。ただのチャリティー企画ではなく、遠藤先生のファンも巻き込んだプロジェクトだったのもポイントですね。遠藤先生の描き下ろしと、先生自らが選んだファンアートがスタンプ化するというものでした」
遠藤「宣伝に関しては、僕は基本的にノータッチですが、『アーニャおともだちプロジェクト』のファンアートは楽しく選ばせていただきました」
── 遠藤先生は『SPY×FAMILY』立ち上げのタイミングで、林さんにお願いされてTwitterを始めたそうですが。
遠藤「まあ無理矢理に(笑)。もともとSNS自体に馴染みがないので、何を書いたらいいのかまったくわからないし。」
林「遠藤さんらしいと思いますけど。」
遠藤「最新話が更新された時の絵付きの投稿も、一回始めたらやめられなくなってしまって…リツイート数なども多少は気にするようにしています。」
林「SNSの宣伝効果は大きいと思います。読者の方も忙しいから、漫画の更新日を忘れるんですよ。僕は更新日の(深夜)12時に、必ず告知します。「ジャンプ+」の曜日ランキングって、更新してからアクセス数が多いと一番いいところにバナーが出るルールなんです。ほかの編集者もみんなやっていると思いますよ。」
── 売れる漫画の共通点はあるのでしょうか。
林「わからない、というのが正直な答えですね。「面白ければ売れる可能性が高い」という広い言葉でしか言えないです。難しいんですよね。楽しんで描いたら売れるわけでもないし、かといって苦しまないといけないわけでもないので。個人的な感覚論の話になってしまいますが、変わりながら描き続けている人のほうが売れる可能性は高い気がします。もちろん、必ずではないですけど。遠藤さんも『SPY×FAMILY』は連載3作目ですしね。」
遠藤「僕の場合は、あまり売れるものを描こうとは思っていなくて、とりあえず自分に描けるものを描いている感覚です。」
── 林さんが新人作家さんを見る時の注目ポイントとは?
林「人によって違いますね。絵が壊滅的にダメだけどネームがうまいなら、原作者の道があるかもしれないし、絵は後々変わるかもしれない。絵もネームもダメだけど、この変なのが面白いなと思って連絡することもあるし。絵とネームとコミュニケーションをとった感じで、面白ければ一緒に作っていきましょう、と。」
── 何か一つでも光るものがあれば、ということでしょうか。
林「そうですね。漫画家ってエンタメの質として幅広いじゃないですか。少しでも適正を感じたら、とりあえず一緒に何か作ってみます。けっこうハードルは低めですね。逆に、僕としては1〜2時間話して『プロット待ってますよ』と伝えるんですけど、何もあがってこなかったり、作家さんのほうから連絡が断たれたりすることはいっぱいあります。」
遠藤「迷走しているんでしょうね。自分もそうです。」
林「なかなか連載会議に通らずあまりにも凹んでる時、絵がうまかったりすれば、『別の人のネームで描いてみたら?』って文字原稿を渡してみることもありますよ。それが作品に結びつくことも、たまにあります。」
── では、漫画家に“あったらいいもの”を挙げるとしたら?
林「『楽しい』が一番続くんですけどね。」
遠藤「僕の場合、漫画を描くのが楽しいとは思っていないんですが…。」
林「今は忙しさの方が上回っていると思いますが、遠藤さんも紐解いていったら楽しい瞬間は絶対あるはずなんですよ。」
遠藤「そうですね。漫画を描き始めた頃は、描くのがめちゃくちゃ楽しかったし。完全に楽しくなかったら何も描けなくなっちゃうので、それだけは避けたいです。」
林「遠藤さん、『SPY×FAMILY』の連載が始まる前の漫画が描けないなって時期、リハビリ的にpixivに絵を載せていましたけど、あれは楽しかったんですか?」
遠藤「好きなものを描くことを周りが楽しいっていうから、自分も楽しくなるかなと思って頑張って描いたんですけど、なかなかうまくいかなくて。でも、連載の合間にアシスタントに行った時は楽しかったですね。うまい作家さんのところだとめちゃくちゃ勉強になるし、会話しているだけでも刺激になるんです。周りの人の熱量を感じることで、自分も負けないように描かないとって思う瞬間がけっこうありました。」
── 描くことへのモチベーションを保つことで長く続けられそうですね。
林「若いほうが長く続けられるというのはありますけど、40歳や50歳から描き始めてもいいと思うんですよ。『王様ランキング』の十日草輔先生がバズった時に会いに行ったんですけど、40代で脱サラして描き始めて、今はアニメ化ですからね。素敵な話だし、夢があるなと。描きたいと思ったら描き始めていいと思うし、ちょっとしんどいと思ったら一度離れてもいいし、続けることは大切だと思います。」
遠藤「僕も、今までに漫画を描くのをやめたいと思ったことは一度もないですね。何を描いていいのかわからなくて人生をだいぶ無駄にしましたけど、年齢を重ねたからこそ今の漫画が描けているのかなって思います。きっと70歳でしか描けない漫画もありますよね?」
林「『こんなふうに余生を過ごしたい』って70歳の方が描いた漫画があったら勇気もらえますよね。60歳くらいまで医師だった人が医師の漫画を描き始めたら、読んでみたいし。「ジャンプ+」って若い作家さんが重宝されているイメージあるかもしれませんけど、高齢化社会ですし、これからは60歳や70歳でもいい漫画家さんが出てくるんじゃないかと思っています。」
── では、遠藤先生にとって編集者の存在とは? タッグを組んで良かったと思うことは何でしょうか。
遠藤「一人ではどうしても客観的な視点を持てないことがあるので、そういう時は編集者さんの視点が必要かなと思います。毎回、何が面白いのかわからないまま考えて、どうにか描けるんですけど、面白い時は面白いって林さんが言ってくれるので。林さんがいなかったら完成しないと思います。」
林「面白い時は面白い、わからない時は一緒になってわからないって言いますね。どうしたら面白くなるだろうってよく話しています。」
遠藤「漫画を描けなかった頃は、ご飯に連れて行ってもらってただしゃべるっていう時もあって。それだけでも支えられたし、ありがたかったです。」
── 連載の時以外にも支えがあるのは心強いですね。遠藤先生が「ジャンプ+」に感じている魅力についても教えてください。
遠藤「僕の場合は最初に投稿したのが「ジャンプ」で、紙媒体も経験しましたけど、林さんについていったら、いつの間にか「ジャンプ+」に辿り着いていました。紙媒体からキャリアをスタートしましたが、結果的には「ジャンプ+」が一番いいなと思っていますね。ページ数や連載の間隔が自由で描きやすいし。」
林「作家さんが描くものを最優先できる場かもしれないですよね。」
遠藤「それに、閲覧数が数字で明確に出るのがわかりやすくて。連載を読んでもらえている実感があるのはやっぱり嬉しいです、コメントを片っぱしから見ています(笑)。」
── 今回のミリオンタッグは、今話題の「ジャンプ+」で、実際に活躍する編集者とタッグを組むという新しい形の漫画賞です。
遠藤「個人ではなく、編集者さんとタッグを組めるのはメリットですよね。もし一時的に描けないことがあったり、落ち込んだりしても、気にかけてくれたり、抜け出せる方法を一緒に考えてもらえたりするのは心強いし、宣伝みたいに自分では絶対できないことをしてもらえるし。」
林「もし苦しい時があったら一緒に苦しみますよと、お伝えしたいですね。一般的な漫画賞より賞金が多いと思いますし、アニメ化を目指す漫画家さんにも応募していただけたら嬉しいです。」
遠藤「賞金が多ければ設備投資もできるので、ありがたいですね。」
林「日本でバズッてもなかなか世界には届かないけど、僕らは世界に対してチャンネルを作っているから、世界中の人に読んでもらって、世界中から最新話のコメントが届くんですよね。『ミリオンタッグ』から生まれた作品も、もしかしたら世界中で読んでもらえるかもしれない。そうなったら、楽しいですよ。」