「美しい体操」を漫画ならではの表現で!

――これまでの物語で、特に印象に残っている部分をお聞かせ下さい。

水鳥 後半の朔良の活躍が印象が強く、最後のゆかをやりきったところはウルッとしてしまいました。あと、IH予選1日目でミツが新コバチを落ちまくるのですが、「あれは分かる!自分もやる」と内村選手が話していました(笑)。体操器具というのは、読者の皆さんが思っている以上に違うんですよ。あとは…派手さはありませんが、67話のミツのマクーツも印象に残っています。ミツの身体が描く円が本当に綺麗で、体操の美しさがすごい伝わってきました。78話のミツのゆかは、あれこそ漫画表現のすごさですね!漫画に詳しくないので上手く言えませんが、絵なのに躍動感が感じられるんですよ。体操の動きを表現するためのレイアウトというか。

ミツのマクーツは整った軌跡を描く、まさに「美しい体操」!

山岸 私もたくさんありますが物語前半でいうと、29話で朔良が平行棒でやったバブサーです。以前から「トビウオみたいでカッコいい」と思っていて。それまでは技の描写に比喩表現はそこまで入れていなかったのですが、バブサーの動きと朔良の「上に上がっていくんだ!」という気持ちが合致して、たまたまあの見せ方を思いついたんです。そこから、キャラの心情と技の美しさの両方が表現できる形を考えるようになりました。あとはミツの鉄棒の演技でまるまる1話を使った71話ですね。審判の視点による点数も見せていき、描きたい通りのものができたと思います。あの減点箇所も相談させて頂きましたよね。

キャラの感情と演技の動きを重ねる演出が秀逸!

水鳥 あのジャッジの心理もリアルなんですよ!「久々だな… 出すのを躊躇するほどの得点は」とか(笑)。実際に審判はそう思うんですよ。

山岸 Eスコアの減点箇所も相談させて頂きましたよね。実際の試合では何人もいる審判の平均で点数が出ます。審判によって減点箇所が分かれる場合もあるので、1つ技をやるごとにどこが引かれているのかを明確に示すというのは、漫画にしかできない見せ方だったと思っています。体操の採点の仕組みが、より具体的に読者に伝わるといいなと思いながら描きました。

審査員の視点を通して、もう1つの見どころ「採点」を表現。

水鳥 漫画ならではと言う意味では、70話の暁良の平行棒では、心の中はこんなに揺れているのに逆に演技は完璧だったりとか…。内面と技という別々のものを一緒に表現できてしまうのも、漫画ならではのいいところです。いくらリアルでも動画ではそれができない。

――では次に、お気に入りのキャラクターをお聞かせ下さい。水鳥さんは先程、朔良がお気に入りとのことですが…。

水鳥 そうです。僕もEスコアが出せない方なので、出せる選手に嫉妬してしまったり、丁寧な演技を羨ましく思ったり。中学までは身体も硬かったし、基本ができていないんですよ。ミツみたいに積み上げた積み木がないので、我流の演技で。だからこそ朔良を応援しちゃうんですよ。

――選手として見て「この選手、いいな」と思うキャラクターはいますか?

水鳥 正直、皆すごいです。中でも暁良、アポロ、ミツ、朔良とか、高校生であれはすさまじい!代表選手になってくれないかなぁ(笑)。

山岸 コミックスのおまけでスコア表を書いていたのですが、自分でも「このキャラたち、すごいなぁ…」と驚いていました。

――山岸先生は、特に思い入れのあるキャラクターはいますか?

山岸 全員に愛を込めていますが、ミツが特に強いですね。最初「最強の体操選手とは?」から考えて「完璧に自分の身体を動かすことができる選手が最強だ」と浮かんで、そこから高いEスコアを持つミツのキャラを作っていったんです。

作品の最大のテーマの1つ。それがミツというキャラクター。

水鳥 Eスコアの重要性はD・Eスコアが分業になってから、確かにすごく言われるようになりました。最初の頃はそれこそ9.5点とかも出ていましたが、今は8点とちょっとしか出ないとか。技がどんどん高難度化されていくと、それゆえにきちんとできることが重要になるんです。内村選手がずっと「美しい体操」と言い続けてきたので、その影響もあるのかも知れませんね。

山岸 Eスコアは積み重ねの部分でもあるので、それを持っていると「自分を完璧に動かせる」ことの説得力にもなるのかな、と。そして私としては、ミツが一番現実ではありえないキャラクターだと思っています(笑)。先程から体操がリアルと言われつつも、ミツの存在は一番フィクションっぽいですよね。現実で、ミツみたいに全種目Eスコアで9点台を取る選手は現れるのでしょうか?

水鳥 田中選手みたいな選手ならあり得ると思います。ただそのためには、減点されやすい技を意図的に排除する必要があるかも知れない。実際の競技ではDスコアも追い、特定の技もやらないといけないから、どうしても減点はついてきてしまいます。

山岸 9点台は確かにちょっと極端かも知れませんが、分かりやすさという意味でも盛り込みました。『ムーンランド』がどんな体操漫画かを見せるために、Eスコアの部分を強調したかったんです。難しい技をバンバン決める方が読者を惹きつけやすいのかも知れませんが、私が考える体操の面白さは「難しい技を、どれだけ研ぎ澄ませて正確に美しくやるか」です。Eスコアに突出した主人公だとそれが伝えられると思った…のですが、最初の頃は林さん(担当編集)に「それって漫画では難しくないですか」とか言われて(笑)。でも、そこは大事にさせて頂きました。

――体操の技が漫画として表現されて、特に驚いた演技があればお聞かせ下さい。

水鳥 何か具体的な技というより、動画では気づかない動きを山岸先生の絵から知った点ですね。監修で「この技のこのポジションでは、ここの動きが違うのでは?」と思ってコマ送りで調べると、確かに山岸先生が描くような動きをしていたんです。動画を絵でどう切り取るかで、見え方も大分違うんですね。

山岸 技は必ず動画を参考にして描きますが、ただ正確なだけでは駄目と思っています。絵における体操らしい動きというか、どうしたら「それっぽく」なるのか考えながら印象が伝わることを意識して描いています。あと、動画をただ均等に切り取るのではなく、技のポイントを選ぶことが大事だと思います。例えばゆかのひねりの技で、「腕を振り上げて勢いをつける瞬間」とか。私個人としては「ゆかで身体をひねって着地する際、身体を開いて体勢を整える瞬間」がすごい好きです(笑)。身体をコントロールしている、選手の上手さが出る瞬間かなと思っています。

水鳥 切り取る部分からも、山岸先生は無茶苦茶体操が好きだと伝わります。着眼点が普通じゃない(笑)。しかもその山岸先生の感性は特別マニアックなわけではなく、僕らも3回ひねりの最後、一瞬でも身体が開いていたら上手い選手だと思います。そういうポイントがしっかり押さえられていて、漫画として分かりやすく伝えられているんですよね。

山岸 ところで水鳥さんは『ムーンランド』の中で、オリンピックで活躍しそうなキャラは誰だと思いますか?

水鳥 これもさっきの暁良、アポロ、ミツ、朔良の4人で十分かと(笑)。しかもこの4人だと役割分担もできそうですね。暁良はアテネの塚原直也選手やリオの加藤凌平選手のような、安定のトップバッターを担うんだろうな。そこにDスコアの高い朔良が乗っかってきて。自分をコントロールできるアポロはゲーム運びで重要な要素になりそうですし、Eスコアが武器となる現在はミツも強い選手です。最強のメンバーになりますね!

山岸 でも朔良は動揺が出やすいので、そこが心配ですね(笑)。

水鳥 それはあります(笑)。

ご購入はこちら