体操の魅力を描き切った『ムーンランド』!

――「体操のリアルさ」と「漫画の面白さ」の両立は難しかったと思いますが、どのようにバランスを考えましたか?先程の「リアルの限界値」のお話もありましたが…。

水鳥 そのリアリティも、最初から決まっていたわけではなかったですよね。

山岸 確か、林さんの「漫画だから、現実のちょっと上の方が夢があるのでは」という意見があり、その意識はずっとありましたね。私自身もあり得ないことより「ギリギリ、あるかも!?」がいいと思っていました。そのふわっとしたイメージで水鳥さんに「このDスコアで構成を作って下さい」とお願いしたら、「こんなにD難度やE難度ばっかりになるんだ」と思ってドキドキしたこともありました(笑)。

水鳥 86点くらいが頂点なので、やっぱり現実の少し上ですね。今でしたら北園丈琉選手が割って入るかも知れません。

山岸 北園選手が4人も5人もいるような大会という…そう考えるとすごい世界ですね(笑)。

――山岸先生は『ムーンランド』を執筆して、一番の収穫は何ですか?

山岸 「これからも漫画家としてやっていける!」と思えたことです。以前は一生懸命描いても、その先がどうなるのか想像がつかなかった。それが「自分はこれがいい!」と思ったものを描くことができ、しかもそれが読者に伝わった感覚があります。「今描いている漫画で進んでいける」と思えました。

山岸先生が魅せられた体操の美しさ、それが随所より伝わる。

――水鳥さんは監修で関わり、体操の考え方などに影響はありましたか?

水鳥 選手には常々「基本を大事にして欲しい」と伝えてはいるのですが、なかなか難しいです。今までは内村選手、田中選手といったEスコアを出せる選手がトップにいましたが、彼らの「美しい体操」は、彼らだから美しかったのかも知れません。だから、Eスコアにこだわった漫画を描いて頂けてありがたかったです。僕らが基本の大切さを広めている中、漫画もそこにリンクしてくれた。しかも『ムーンランド』は体操選手も読んでいるので、彼らにも多少なりとも影響があるといいなと思っています。

――「体操の魅力」を一言で表すなら何だと思いますか?

山岸 いち体操ファンとしての意見ですが、内村選手の「体操は芸術だと思います」という言葉が印象に残っています。内村選手と私の解釈が同じかは分かりませんが、体操の「どれだけ難しい技をどれだけ正確にできるか」には選手それぞれの美意識があり、それが演技の違いに表れてくる。正確さを突き詰めた先に生まれる芸術ですね。そして自分自身と向き合う競技であることも魅力です。本人の「体操が好き」「上手くなりたい」という気持ちがないと絶対に上手くならない。そういう部分も取材を通して感じて、改めて体操が好きだと感じました。

水鳥 「探求」だと思います。体操は技がたくさんあり、それを一つ一つできるようになることも面白いですが、その過程で試行錯誤をして「ここの表現」「ここの力の入れ方」「ここの安定性」といった、自分にしっくりくる瞬間がよくあります。技をできるように、自分にフィットするやり方を追い求めることが体操だと思うんです。それらに気づく瞬間こそ体操の面白さで、日々、自分と向き合って突き詰めていくところが醍醐味だと思います。

――1回成功したからできたということではなく、さらに突き詰めていくことができるということですね。

水鳥 単発だったらできるのに演技の流れだとできない技とか、完成の段階がたくさんあります。そこにEスコアにおける美しさという観点もあるので、突き詰めるものがたくさんあるんです。本当、自分と向き合う職人気質の方に向いていますね。コミュニケーションが苦手な選手も多いですけれど(笑)。

山岸 落ち着いた雰囲気の選手が多いイメージはなんとなくありますね。

水鳥 よく「ラグビーは就職率がいい」とかあるじゃないですか。自分の役割を持ってチームで動けるとか、競技を通しての人格形成もあると思うので。なので体操選手は自分と向き合うことは得意ですが…(笑)。

山岸 漫画家もそうかも知れません(笑)。

――『ムーンランド』で体操に興味を持った読者にアドバイスをお願いします。

水鳥 観戦に興味を持った方は『ムーンランド』を読み返しましょう(笑)。半分冗談で半分本気です。体操は誰でも最初は「すごい!」と思いますが、何がすごいのか、なぜこの点数なのか分からないと面白さが続きません。そういう意味で、多少のルールや見どころを知った上で観戦して欲しいです。『ムーンランド』ではそれが分かりやすく描かれています(笑)。

――では、選手になりたい読者に、体操という競技を勧めるならいかがでしょう。

水鳥 うーん…人によって違うとは思いますが、まず簡単にはできません(笑)。地味な積み重ねが必要という心づもりはして頂きたいです。その上で先程の探求の話に繋がりますが、積み重ねると、できなかったことができる楽しみがあります。簡単ではないけれど、積み重ねの喜びを得られる競技だと思います。

山岸 達成感が常に得られるスポーツということでもありますね。

水鳥 そうです。小さなステップにも喜びはあるんですよ。昨日よりできたという、ちょっとの成果も楽しんで欲しいですね。

山岸 私は観戦者としての意見ですが、DスコアとEスコアのルールだけでも知って観てみて欲しいですね。やみくもに難しい技をやるだけではEスコアは出ないけれど、挑戦しないとDスコアも取れない。そういったジレンマがある競技なので、駆け引きが見どころです。あとチーム全員がベストを尽くして勝利を目指す、団体戦もいいですよね。失敗できないプレッシャーが伝わりやすく、見ていて感情移入しやすいかなと思います。そこからさらに一歩、点数を知って観るとますます面白くなります。

体操の面白さ、漫画の次はぜひ会場で味わって欲しい!

――それでは最後に、読者へメッセージをお願いします。

山岸 水鳥さんのお陰で「本格体操漫画です!」と胸を張って言えて、体操に詳しくない方にも読みやすい作品になったと思います。全9巻、すごく綺麗に完結した作品なので、ぜひ一気読みがお勧めです。そして完結まで描き切れたのは、毎週読んで下さった皆さんのお陰です。この漫画で体操に興味を持たれた方もいて、それは私にとってすごく嬉しいことでした。ありがとうございました!

水鳥 色んな側面で体操の魅力が分かる漫画です。選手が大事にしている美しさ、選手がどんな心情で技や試合に取り組んでいるか、ジャッジはどんな目線で見ているか、指導者はどう選手にアプローチしているか…それら体操の魅力が伝わる作品なので、ぜひ多くの方に読んで欲しいです。今度は会場に応援に来て下さい。さらに『ムーンランド』を読んでいる選手にお伝えしたいのは、ミツのこだわりのように自分の演技にこだわり、Eスコアを大事にして下さい。この作品からも学んでもらえるものがあれば嬉しいです。

――ありがとうございました。

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